【天才理論物理学者】アインシュタインの人物紹介と偉大な功績

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YUKO
アインシュタインって名前はよく知ってるけど、どんな人で、どんな功績を残した人なのかは詳しくは知らないです…。
YUJI
今回は、そんなYUKOさんのために、アインシュタインの基本的な紹介と世界に残した偉大な功績についてまとめていきますね^^
本記事が想定するターゲット読者
アインシュタインの名前は聞いたことがあるが、詳しいことは知らない人
本記事を読んで分かること
アインシュタインに関する基本情報と世界に残した偉大な功績などがわかります

【天才理論物理学者】アインシュタインの人物紹介と偉大な功績

今回は、ドイツの天才理論物理学者として名高いアルベルト・アインシュタインについて徹底的に紹介していこうと思います。

人物紹介

アルベルト・アインシュタインは、ドイツのヴュルテンベルク州ウルム市に、長男として生まれました。

そして、生まれてすぐにミュンヘン(ドイツ)に引っ越します。

彼は5歳ころまで、言葉をあまり話さなかったらしいですが、そのことでアインシュタインの両親は心配しました。

ドイツで生まれた彼の幼い頃のあだ名は「のろま」で、子供のころはなんと勉強嫌いの落ちこぼれだったらしいです。

中学時代の教師から「ろくなものにならない」とまで言われ、大学受験にも失敗しています。

のちの成功からは、あまり考えられないですよね。

アインシュタインは5歳のころに、父にコンパス(方位磁石)をもらい、このときに自然界の仕組みに大きく興味をもったといいます。

6歳ころにヴァイオリンを習い始めましたが、彼がモーツァルトの大ファンであることが有名です。

また、ヴァイオリンの腕前もけっこう上手だったそうですよ。

アインシュタインは、幼いころから数学に関しては才能を発揮していて、9歳の時にピタゴラスの定理の存在を知り、その証明を寝食を忘れて考えて、ついに自力で証明したのです。

12歳の時には、叔父からもらった本で、「ユークリッド幾何学」「微分学」と「積分学」を独学で学びました。

大学はスイスの名門、チューリッヒ連邦工科大学へ入学し、物理や数学を学びました。

アインシュタインは、大学の先生には反抗的で、興味のない分野では授業は出席すらしませんでしたが、そのかわり、自分が興味のあるものだと1番優秀な成績を残すという、学内でも有名な変わり者でした。

大学卒業後、スイスの特許庁に就職しましたが、働きはじめてからも、時間をみつけては物理の研究ばかりしていました。

そして1905年、アインシュタインが26歳のときに、自身が温め続けていた理論を次々と発表していきます。

光が持つ二重性について説いた「光量子仮説と光電効果」。

時間と空間が相対的な関係にあることを説いた「特殊相対性理論」。

原子や分子の存在を理論的に証明した「ブラウン運動の理論」。

3つの概念のいずれも、その後の物理学の発展に大きく貢献する世紀の大発見だったので、1905年は今でも物理学にとって「奇跡の年」と呼ばれていることは有名です。

これらの功績が認められて、アインシュタインは1921年に「光量子仮説」と「光電効果」の論文でノーベル物理学賞を受賞しています。

よくアインシュタインは相対性理論でノーベル賞を受賞したと勘違いしている人がいますが、実は違うんですね。

これは当時のノーベル賞の選考委員が、相対性理論を理解できなかったからだそうです。

1933年になって、ドイツでヒトラーが権力を握ると、ユダヤ人の迫害が強くなっていきました。

そのため、アインシュタインはアメリカに移住し、自身の研究を続けました。

後に、皆さんもご存知の通り、日本に原子爆弾が落とされることになりますが、アメリカが落とした原子爆弾には、アインシュタインの研究成果が大いに関係していました。

1905年に発表した研究成果の一つである、特殊相対性理論は

  • 「光の速度はすべての慣性系で等しい」(光速度の不変)
  • 「質量の運動はエネルギーに変わる」(質量とエネルギーの等価性)
  • 「静止した観測者が運動している時計を見ると、時間が遅くなっている」(時間と空間の相対性)

という事象を、「E=mc^2」というシンプルな数式の展開をつかって説明しました。

E=mc^2では、Eはエネルギー、mは質量、cは光速度を表しています。

何を示しているのか、あえて日常語でわかりやすく説明すれば、「物質(物体)が運動して光の速度に近づけば、そのエネルギーはだんだん最大に向かっていく」ということです。

もうちょっと科学的にいえば「質量はエネルギーに変わりうる」となり、さらにはっきりいえば「質量には膨大なエネルギーが閉じ込められている」というふうになります。

ただやがて、この方程式は驚くべきことを暗示していることが判明します。

たった一個の陽子が中性子に変わってもエネルギーの拡張がおこるのだとすれば、その転換を連続的に起こせば、人工的な核分裂や核融合によって莫大なエネルギーを放出させることが可能だということです。

そのような原子力利用や原子力爆弾ができるということが見えてきたのでした。

E=mc^2は原爆と原発を作り出してしまい、多くの犠牲者を出してしまったことを、アインシュタインは深く悲しみました。

戦後から3年経った1948年に、日本の物理学者である湯川秀樹はアメリカを訪れた際に、アインシュタインは湯川博士の手を強く握りしめて、涙ながらに「罪もない人たちを傷つけてしまった。どうか許してほしい」という言葉を繰り返したそうです。

第二次世界大戦が終わると、アインシュタインは核兵器の廃絶や科学技術の平和利用など唱え続け、平和運動に力を尽くしました。

そして1955年、アインシュタインが76歳の時、彼は腹部大動脈瘤で亡くなりました。

死ぬ間際に言葉を残したのですが、そこにいた看護師がドイツ語を理解できなかったため、何と言ったのかは今でもわかっていません。

面白い逸話

ここまでで、アインシュタインの人生について、時系列順にざっとまとめてきましたが、ここからは彼の面白い逸話をいくつか紹介していきます。

覚えることが苦手

アインシュタインは幼い頃から、単純な計算ミスが多かったといいます。

かんたんな数字や記号を覚えるのも苦手で、覚える気すらなかったのだそうです。

「調べればわかることを覚える必要はない」といい、自宅の電話番号すら暗記していなかったのです。

相対性理論発見のきっかけ

学生の時、アインシュタインはのんびり学校の裏の丘で昼寝をしてすっかり眠り込んでしまうと、不思議な夢をみました。

それは自分が光の速さで光を追いかける夢です。

アインシュタインは目が覚めると、すぐに頭の中で思考実験を繰り返したそうですが、これが後に最大の偉業となった「相対性理論」のきっかけなのだそうです。

モーツァルトの大ファン

前半にも少し出てきましたが、アインシュタインは音楽家であるモーツァルトの大ファンであったことは有名です。

アインシュタインに「死とは何ですか?」と聞いたところ、「死とはモーツァルトが聞けなくなることだ」と言ったこともあります。

天才の自負がない

アインシュタインは自分自身が天才だとは微塵も思っていませんでした。

アインシュタインの有名な名言に「私は天才ではない。ただ人よりも長く一つのことと付き合っていただけだ」というものがあります。

アインシュタイン自身はこうは言いますが、間違いなく誰もが認める天才です。

先ほどの名言は、我々凡人にこそ重要な教えなので、胸に刻んで忘れないようにしたいですね。

靴下は履かず常に素足

アインシュタインが履いていた当時の靴下は、かなり破れやすいものだったので、それが気に入らなかったらしく、彼は靴下を履かずに素足のまま靴を履いていました。

石田純一よりも早く、アインシュタインが裸足ファッションを取り入れていたんですね。

脳が常人とは違った

アインシュタインの脳は、彼の死後、学者によって勝手に持ち出され研究されてきました。

研究の中で、アインシュタインの脳はふつうの人の脳と明らかに違う点が3つあることをみつけました。

1つ目の違いは「左脳と右脳の間のミゾが浅い」ことです。

通常、脳は左と右に分かれて、役割分担していて、その間に溝があるのですが、それが彼の場合一般人よりも浅かったらしいです。

この溝が浅いことで、左脳と右脳の情報伝達が速かったのです。

一般に、この左脳と右脳の間のミゾが浅いほうが頭の回転が速いとされています。

2つ目の違いは「脳が軽い」ことです。

一般的な脳は1400gなのに対し、アインシュタインの脳は1250gしかありませんでした。

脳が重ければ重いほど頭の良いと思いがちですが、頭の良さは必ずしも脳の重さに比例しません。

逆に軽いからといって、脳の質量と頭の良さの関係ははっきりとはわかってはいませんが、アインシュタインの脳の重さは、常人のそれとは明らかに違っていたわけですね。

3つ目の違いは「グリア細胞が多い」ことです。

グリア細胞とは、神経細胞に酸素や栄養素などを運搬するための細胞で、さらに傷ついた神経細胞を見つけて、そこを保護して修復させる働きもあります。

アインシュタインの脳は、このグリア細胞が、常人と比べて異常に多く存在することがわかりました。

おそらくこれが、アインシュタインが一番天才であるゆえんかもしれませんね。

舌を出した有名な写真

アインシュタインの写真の中でも、一際目立つのは、やはり舌を出した写真ですよね。

なぜこのような顔をしたのかは色々な説があるのですが、一番有力なのは、アインシュタインはカメラを嫌っていたからというものです。

アインシュタインはカメラ嫌いであり、また、人前ではあまり笑った姿を見せたがらないとも言われています。

例の写真が撮影されたときは、カメラマンに「笑ってください」とお願いされたらしいですが、その言葉にアインシュタインはつい笑みを浮かべてしまい、それを隠そうととっさに舌を出したとのことです。

なぜ舌を出したのかの理由は、本人の口からも明言されていませんが、これが一般的に言われている経緯です。

ちなみに、アインシュタイン本人は、舌を出した写真をかなり気に入ったようで、カメラマンに焼き増しを9枚もお願いしています。

また、この写真は1951年度ニューヨーク新聞写真家賞 グランプリ受賞しており、これがきっかけで、この写真が世界中で有名になります。

「相対性理論とは?」に対する返答

アインシュタインの有名なエピソードのなかに、「相対性理論とは何ですか?」という質問に対する返答があります。

ある人がアインシュタイン博士に「相対性理論とはどんなものか」ときいたところ、彼はこう答えました。

「熱いストーブの上に1分間手を当ててみて下さい。まるで1時間位に感じられるでしょう。では可愛い女の子と一緒に1時間座っているとどうだろう。まるで1分間ぐらいにしか感じられない。それが相対性です」

時間という概念は絶対的なものではなく、相対的なものであることを、日常に溢れる景色を使ってユーモラスに回答したことは、有名です。

かなりの親日家

アインシュタインは超がつくほど親日家であったことも有名です。

アインシュタインはかなりの日本好きで、生前はよく日本を訪れていました。

  • 奥さんと京都観光
  • 慶應義塾大学で5時間にも及ぶ講義

など、深く日本と関わりがあります。

また、日本の文化である「お辞儀」や、日本に来た時に食べた天ぷら弁当が、特に気に入りだったそうです。

最後に

ここまでアインシュタインの人生や偉大な功績をまとめてきましたが、どれくらい知っていましたか?

やはり世界に大きな影響を及ぼした偉大な天才については、一般教養として知っておきたいところですね。

今後もどしどし、色々な天才たちを紹介していきますので、よろしくお願いします^^

YUKO
今回の記事で、アインシュタインのことについてかなり詳しくなった気がします!やっぱり偉大な実績を残した人のことは一般教養として知っておかないとですね!
YUJI
それは良かったです!これからも世界の名だたる天才たちをどんどん紹介していきますね^^
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1993年生まれ滋賀出身。京都大学、京都大学大学院を卒業後、大手通信会社に新卒入社するもさらなるキャリアップのためにわずか1年で退社。3ヶ月間プログラミングを学び、2020年4月からスタートアップ企業にWebエンジニアとして転職。「"遊び"を仕事にする」「何にも縛られず"好きなことだけ"して生きていく」がポリシー。